中西さんのホームグラウンドの一つである、高知県土佐市「ホエールウォッチング宇佐」の乗船場で
©中西和夫
vol.8
第3回「日本写真絵本大賞」ご当地作品特別賞受賞者

中西和夫さん インタビュー

『土佐湾のカツオクジラ』で第3回「日本写真絵本大賞」の
ご当地作品特別賞を受賞した、高知県高知市在住の中西和夫さん。
市役所の職員として勤務しながら、地元の海でカツオクジラを撮り続けて34年。
いよいよ受賞作品が出版されることになりました。

写真絵本シリーズ第8弾
『土佐湾のカツオクジラ』発売中です
中西和夫なかにし・かずお
高知県高知市生まれ。高知県内を主なフィールドとして、野鳥を中心に風景、野生動物などを撮り続けてきた。土佐湾にクジラ・イルカが生息していることを知り、1991年から撮影を開始。以来約900回洋上に出て、延べ約1800頭のカツオクジラを観察してきた。1997年平凡社アニマ賞で準アニマ賞、2016年CANONフォトコンテスト生きもの部門でシルバー賞、2022年第3回「日本写真絵本大賞」でご当地作品特別賞など受賞。日本野鳥の会会員、日本自然科学写真協会会員、生態系トラスト協会会員。
27年前に平凡社第14回アニマ賞で準アニマ賞に輝いた作品が、JR四国のポスターに採用された

学生時代は野鳥の撮影に夢中
大学卒業後は市役所に勤務

――いつ頃から写真を始めたのですか?

中西:父の趣味が写真だったので、もともと家にカメラがあったんです。小さい頃は特に興味を示さなかったけれど、高校生の時に自分もやってみたいなと思って、父のカメラを借りて使い始めました。始めに撮ったのは風景で、次に野鳥に進みました。夜行性の野生動物と違って、野鳥は昼間に活動していて撮りやすかったので。

――カメラの技術などは、どうやって覚えたのですか?

中西:基本的なことは父に教えてもらいましたが、写真部に所属したこともないし、ずっと独学ですね。高知大学に進学後に入ったのも、野鳥を観察するサークルで。当時は授業をサボって鳥ばかり見ていました(笑)。それと、サークルのOBの方に誘われて自然保護団体の活動にも参加していました。

――将来、写真関係の道に進みたいという気持ちはなかった?

中西:写真関係の道も考えたんですが、写真の道は難しいと考えて、臨時教員を1年間した後に高知市役所に就職。社会人になってからも「日本野鳥の会」の高知支部などで活動を続けながら、市役所は定年まで勤め上げて、今は再雇用で勤務しています。

高知の県鳥で国の絶滅危惧種のヤイロチョウも長年にわたり撮影している

カツオクジラと出会って34年
撮った写真は約30万枚

――写真のテーマが野鳥からクジラに移行したきっかけは?

中西:日本でのホエールウオッチングは1988年に小笠原諸島で始まりました。そのわずか1年後には高知県でも始まったんです。そもそも私は高知県内の生き物を全部撮りたいと思っていて、野鳥以外に野生のムササビやタヌキ、アナグマなんかも撮っていましたから。地元の土佐湾にクジラやイルカがいるのなら、ぜひ撮ってみたいと。
 ただいろいろとタイミングが合わず、初めてのホエールウオッチングは小笠原諸島のザトウクジラ。幸運にも、ダイナミックなジャンプやブロー(潮吹き)がバッチリ見られて大満足でした。2度目が高知県・室戸沖のマッコウクジラ。25トンくらいある巨体の群れが船の周りに集まってきて、興奮しながらシャッターを押しまくりました。
 そして、3度目に高知県黒潮町大方でカツオクジラと初対面。ところが、ザトウクジラやマッコウクジラと比べてすごく地味。潜る時に尾びれを見せないしブローもはっきりしない。1頭で静かに泳いでいるだけだから絵になりにくいんですよね。

――第一印象はあまりよくなかったカツオクジラを長年、撮り続けるようになった理由は?

中西:ホエールウオッチングは、毎回必ずクジラに出会えるわけではなくて、天候が悪ければ船が出ないし、波の状態がよくなければクジラの姿も見えにくい。だから初めの2年くらいは、自分が行った日にカツオクジラを見られただけでうれしくて、「早くジャンプのシーンを写真に収めたい」ということを一番の目標にして通っていました。それが3年目のある日、今まで撮った写真を見比べていた時に、カツオクジラの背ビレや背中の傷などで「個体識別」ができることに気付いたんです。「ああ、これは前に見たことがあるクジラだな」とか。それからどんどん面白くなりました。特によく見るクジラには名前を付けたりして。当時、2回に1回の確率で見られた子連れのメスのクジラには「お母さん」と名付けて、5〜6年くらい追っていました。カツオクジラが自分にとってのアイドル的な存在になって、お目当てのクジラにまた会いたいと思う。そういう楽しみもできたんです。

――どれくらいのスパンで撮影に通っているのですか?

中西:毎年4月〜10月のウオッチングシーズンは平日は仕事をして、それ以外の土・日曜日と祝日の予定は、ゴールデンウイークなどの連休も全部クジラ。たまった写真を冬の間に整理するという生活を送っていました。そうして34年間で撮った写真は約30万枚になります。

――カツオクジラのおすすめのベストショットは?

中西:口を大きく開けてエサのイワシを食べるシーンは見どころの一つです。3年目の秋に初めてはるか彼方の鳥山(海鳥が海面近くで群れる現象のこと)の下に見えたけれど、いい写真は撮れなかった。
 あとはやはりジャンプですが、これも本当に難しい。私も直近で見たのは12年前なので。だから写真のストックが30万枚あるといっても、そのうちの29万9000枚は、平凡な記録写真ばかり。もっとよい写真を撮りたいと思っても、同じようなシチュエーションは10年に1回しか巡ってこない。何回通っても取り残したものがある。そういった課題が常にあるから、ずっと撮り続けてきたんだと思います。

「クジラが見えない日でも、海に出るのは楽しい。船の上で風に当たっているとリフレッシュできるので」

人とカツオクジラとの
歴史やつながりも伝えたい

――第3回「日本写真絵本大賞」に応募された動機は?

中西:自分の作品を一冊の本にしたいという気持ちは以前からあって、何度か挑戦したことがありました。でも出版されているクジラの写真集は大半がザトウクジラで、カツオクジラでは弱いという理由でなかなか採用されませんでした。
 ネットを見ていた時に、たまたま「日本写真絵本大賞」のことを知りました。カツオクジラを撮り続けているうちに、その生態系が非常に興味深いことが分かってきていたので、子ども向けの本であれば、そういった要素も盛り込んで面白くなるんじゃないかと。それで応募してみようと思いました。

――写真絵本として出版が決まった経緯は?

中西:「日本写真絵本大賞」の受賞作品の中で出版化されるのは、本来は金賞だけですが、自分的にはとてもよい本が作れるという手応えがあったものですから。大空出版さんにメールをして、「金賞でなければ無理でしょうか……?」とお尋ねしてみました。そうしたら「考えてみます」と言われて、1カ月後くらいにOKのお返事をいただきました。その時は本当にうれしかったですね。

――『土佐湾のカツオクジラ』には、どんな思いが込められていますか?

中西:クジラと人間の関わりについて、たくさんの人に知ってほしいです。カツオクジラと魚のカツオは好物が同じイワシのため、連れ立って泳いでいる姿が見られます。土佐漁師さんたちは昔から、そのカツオクジラを目印にして、カツオの一本釣りをしてきた歴史があります。クジラは自分たちと全く関係ないところで生息しているんじゃない。例えば、飲食店や家庭の食卓に並ぶカツオ料理もカツオクジラとつながっている。そういったことも読者に伝えられたらと思っています。

文・菅原悦子 撮影・関 眞砂子

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