尾坂昌紀さん インタビュー
『もも助の、引っ越しだもん』は初の共作で、
写真と文を尾坂昌紀さんと良幸さんの2人で作り上げた。
北海道の大自然に生きるエゾモモンガたちの物語は
被写体の愛らしさもあって話題を呼び、
その人気は全国各地へと広がった。
作者の1人の尾坂さんは本格的な撮影を始めてわずか2年。
エゾモモンガの撮影に至る経緯や
「写真絵本」への思いを聞いてみた。
転勤で北海道での生活が始まり
クマゲラの巣立ちに遭遇
青森県で生まれ育った尾坂さん。父親は県の職員であり、地元の野鳥の会や自然保護協会などに所属していた。また生粋のカメラ好きでもあったが、そんな父と比べて、学生時代の尾坂さんの熱量は、カメラではなくラグビーに注がれ、父親からカメラの手ほどきを受けたことはなかった。高校、大学時代はバックスとして活躍したが、就職とともにラグビーも卒業した。
尾坂「ラグビー以外では、趣味で登山をするんですけど、その道中に山の風景を撮影する程度でしたね。今ほどカメラに熱中するなんて、当時は思いもしませんでした」
そんな尾坂さんに転機が訪れたのは、勤め先の青森から、転勤で北海道へ単身赴任して、新たな生活を始めた時のことだった。
尾坂「近所の公園で、偶然クマゲラの巣立ちに立ち会ったんです」
クマゲラは、東北地方北部や北海道に生息するキツツキの仲間。鋭いくちばしで木に巣穴を作り、その中でヒナを生んで育てる。街なかで出会ったクマゲラの親子のワンシーンに、尾坂さんは衝撃を受けた。
尾坂「巣穴にいるヒナたちに対して、親鳥は餌も与えずに鳴いて巣立ちを促していました。街なかの公園だけど、自分がすでにクマゲラのテリトリーにいるような気がして圧倒されました。その時ですね、カメラに本腰を入れようと決めたのは」
2人の共作によるメリット、
デメリットとは何か?
その後カメラを新調した尾坂さんは、神秘的な光景を見せてくれた北海道に生きる野生の動物たちの撮影を始めた。キタキツネ、ヒグマ、エゾシマリス、ナキウサギなど、北海道固有の動物たちを撮影している時に、エゾモモンガと出会った。
尾坂「ある日、突然頭の上をかすめて飛んで行く生き物に出会ったんです」
それがエゾモモンガだった。
尾坂「表情が本当に可愛いんです」
クリっとした愛らしい大きな目。小さな体を寄せ合って、仲間たちと冬の森で暮らしている。
尾坂「その可愛さに惹かれて以来、エゾモモンガの撮影に挑戦しましたが、森の中を素早く飛び交う彼らをうまくカメラに収めることができませんでした。そこで、エゾモモンガの撮影の先輩たちからのアドバイスもあり、まずはモモンガの生態について学ぶことにしたんです。
どこに住んで、何を食べているのか。生態を知ることで、彼らの表情まで捉えることができるようになりました」
後に共作者となる良幸さんと、キタキツネの撮影時に出会った尾坂さんは、彼女に「日本写真絵本大賞」への応募を持ちかけた。
尾坂「以前から、子どもたちのために絵本を作りたいと言っていた良幸さんに、ネットで知った『日本写真絵本大賞』への応募をすすめました。写真やストーリーのジャンルも問われない。共作も可能。そんな懐の深さに心惹かれました」
こうして良幸さんと始めたエゾモモンガの写真絵本の制作だが、共作ならではのメリットやデメリットがあったという。
尾坂「共作してよかったと感じたのは、なにより分担作業ができることですね。エゾモモンガが滑空する瞬間を撮るためには、現場で何時間も待つ必要がある。その間に良幸さんに周囲の素材やモモンガたちの遊ぶ姿を集めてもらったのは、本当に助かりました」
反面、ストーリー作りにはお互い譲れない部分もあった。エゾモモンガの生態については触れず、とにかく物語性を追求したい良幸さんに対し、生態に忠実な話を作りたいと思う尾坂さん。彼女が作った物語に、生態の面から意見をすることもあったという。
尾坂「結局、お互いの折衷案のような物語になりましたが、物語性があったことで、エゾモモンガの愛らしさや読む楽しさが伝わりやすくなりました。今振り返れば、折衷案でよかったと思います」
写真家は1カットに集中するが、
「写真絵本」の思考は違う
こうして、良幸さんと協力して出来上がった『もも助の、引っ越しだもん』は、第3回「日本写真絵本大賞」で金賞を受賞し、多くの祝福の声が寄せられた。
尾坂「家族からはもちろんですが、カメラ好きの父が特に喜んでくれましたね。今年の年賀状に、僕が撮った写真をプリントしてみんなに送っていました。Instagramでは、フォロワーやカメラ関係の友人たちからもたくさんのコメントをいただいたので、反響の大きさを改めて感じました」
東京・千駄木での写真展には、姪の優奈ちゃんも来てくれた。エゾモモンガがアップで映った写真がお気に入りのようだ。
写真と文章で物語をつづる「写真絵本」への挑戦は、尾坂さんにとっても写真の価値を見直すきっかけになった。
尾坂「通常、写真を発表する際は、それ1枚で完結させられるような“良い写真”を撮るように心がけていますし、多くの写真家がそう思っているはずです。しかし、それは写真家から見た視点にすぎないのだと感じました」
「写真絵本」は1枚の写真だけでは成り立たない。複数の写真を、物語に沿って選ばなければならない。編集の際、尾坂さんはこれまで気にもとめなかった写真にスポットライトが当たっていることに気づいた。
尾坂「例えばブレてしまった写真でも、躍動感のあるシーンを表現したい時には最適な写真になる。実際、『もも助の、引っ越しだもん』が大賞を受賞した後、書籍化の編集過程で新たに使用することになった写真もありました。私にとっては捨てカットのような写真ですが、他の人からは魅力的な写真に見えていたわけです。写真家が思う“良い写真”と、他の人が思う“良い写真”は必ずしも同じではないということですね」
物語作りを通して、新しい写真の価値を見いだせた尾坂さん。彼の今後の活躍にも期待が集まる。
尾坂「今後も、大雪山やそこに住む動物たちを撮ってみたいです。1人で作るのか共作になるのかは分かりませんが、早く次の作品に挑戦したいですね」
文・藤田大介 撮影・関 眞砂子