©沖昌之
vol.2
猫写真家

沖昌之さん インタビュー

猫たちの無防備な表情や躍動感あふれる瞬間を激写した数々の写真集を発表し、
Instagramでは28.8万人のフォロワー(2022年11月時点)を誇る人気猫写真家・沖 昌之さん。
猫撮影の現場に密着取材しながら、猫たちへの熱い思いを伺いました。
沖昌之おき・まさゆき
猫写真家。1978年、神戸生まれ。家電の営業マンからアパレルのカメラマン兼販売員に転身。2015年に独立。『ぶさにゃん』(新潮社)、『必死すぎるネコ』(辰巳出版)、『にゃんこ相撲 〈下町編〉』(大空出版)など著書多数。雑誌の連載やテレビ番組の監修など、メディアの垣根を越えて活躍中。

写真嫌いから写真家へ
運命を変えた猫との出合い

――写真を撮り始めたきっかけは?

沖:写真は、子どものころから苦手だったんです。使い捨てカメラ全盛期に青春時代を迎えましたが、友達との撮り合いっこも苦手で。「早く撮影大会終わらないかな〜」と思っているタイプでしたね。

――写真嫌いから写真家になったきっかけは何だったんでしょうか。

沖:2009年に上京してすぐアパレルの会社に入社したことですね。
社長は写真撮影が上手で、商品の着用写真をブログに上げて販売するすごい人でした。僕は配送係として入社したんですが、「写真撮ってよ」と声をかけていただいて。一眼レフなんか触ったことがなかったので、案の定初めは上手く撮れませんでした。単焦点レンズの意味はわかるけど、どうやって撮ればいいのかわからない。頑張って試行錯誤していると、カメラの力でたまにいい絵が撮れたんです。だんだん写真が楽しくなってきて、休みの日にも仕事以外のものを撮るようになりました。

――猫を被写体に選んだのはなぜですか?

沖:幼いころに母方の実家で飼っていた猫のかわいさに一目ぼれしてしまい、猫好きになりました。しかし、カメラを手にしたときは、景色や食べ物、動物など、数ある被写体の一つにすぎませんでした。

 2013年の暮れ、会社のそばの公園で休憩していたら、ある猫に出合いました。アメリカン・ショートヘアのようなグレーの縞模様に、エキゾチック・ショートヘアのようなぶっちゃいくな顔。普通、家猫として飼われる種類の子は野良になると生活になじめず、やせ細っていくイメージがあったんですが、この子は違う。めっちゃふくよかなんです。

 公園内の通路の真ん中にど〜んと寝そべっていて貫禄たっぷり。片や、僕は疲れてぼ〜っとしていて。この子なんやろ?と心が動かされて、「ぜひ撮ってみたい」と感じました。

 年明けには公園へ通うように。〝ぶさにゃん先輩。〟と慕いながら、後に写真集を出せるほど撮り続けました。〝ぶさにゃん先輩。〟と出会っていなければ、猫写真家にはなっていなかったと思います。

無防備な素の表情を捉える
猫との関係性の築き方

――沖さんの撮影された猫たちはとても無防備に見えます。素の表情を引き出すコツを伺えますか?

沖:環境のおかげですかね。僕が住んでいる地域の猫たちは「地域猫」としてお世話してくれる住民の方々がいたり、温かく見守ってくれる方が比較的多かったりと、猫たちも穏やかに暮らせています。だから身長180㎝の僕が大きなカメラを持って近づいても受け入れてくれる。

 人間でもそうですけど、いきなりやってきた人にカメラを向けられたら緊張するじゃないですか。会話をしながら距離感を測って、徐々にお互いの壁を取っていく中で、自然な絵って撮れるものだと思います。猫と言葉は通じませんが、ずっと通って顔を見せ続けることで、「この時間、その場にいるのが当たり前の存在」として認識してもらえたら、少しずつでも普段通りの素の顔を見せてくれるのかと思います。

 猫は、周りの状況をよく見ています。見慣れない人間がいれば緊張しますし、いつもお世話してくれている方の声色や、よく聞いているラジオの音にも反応します。自転車の音が聞こえただけでもしっぽを立ててうれしそうにざわめき立つんです。

――猫とすぐ仲良くなれるような秘密道具はありますか?

沖:自然な状態の猫を撮りたいので、おやつやおもちゃは持ち歩かないようにしています。持っていると「そういう人」だと猫に認識されてしまうから。僕の顔を見ただけで「ごはんきた!」とざわめいてしまう。どうしても、僕に対して「求めている猫」の写真になるんですね。それは不自然だから。

 一緒に遊びたいなーと思ったらなでてあげたり、猫に手を叩たたかれてみたり、猫じゃらしを探しに行って……帰ってきたらもう猫がいなくなっていたり。その土地の環境や猫一匹一匹の性格を見ながら、自然な形でなじめるように気を付けています。社交的な子もいれば、適度な距離感が必要な子もいます。呼んでもないのに「にゃーん」と自己紹介しながら寄ってくるような無防備すぎる子はちょっと心配になっちゃいます(笑)。

――今後、猫を撮りに行きたい地域や国はありますか?

沖:コロナ禍に突入してから、なかなか遠出ができなくなりました。猫も撮りたいけど、これまでの撮影で助けてくださった方々に会いに、まずは佐柳島さなぎじま(香川県)や湯島(熊本県)、田代島(宮城県)など、国内の猫島に行きたいですね。

 その次が台湾。現地での写真展でお世話になった方に会いたいです。ロシアのエルミタージュ美術館の猫もいいなぁ。マルタ島とか、地中海の猫も撮りたいですね。

 僕は元々出不精で、旅も嫌いだったんです。猫撮影がなければ、台湾や、香港、トルコ……と仕事で旅することもなかったと思います。

――トルコの猫もとっても人懐っこいですよね。

沖:本当に人懐っこいですよね!
イスタンブールで路地に一本入ったらポツンといたり、カフェでお客さんの食べ残しを狙ってテーブルに上ってきたり。現地の人たちも怒らないんですよね。情景に必ず猫がいて、東西の文化が融合した独特の街並みが美しくて、楽しかったです。

 台湾には、村全体で猫を観光資源にしている猴硐ホウトンという猫村があるんですけど、そんな環境のお陰か猫も本当にフレンドリーですね。お店の看板猫を店先で撮ってたら、お店の方が「もう一匹いるよ」と奥から別の子を出してくれたり。温かい環境では撮影もしやすかったです。

 今後は動画も取り入れたいなぁと考えています。少しずつYouTubeにアップしてはいるんですが、編集などまだまだなので。猫はただいるだけで可愛いですが、そこに何かをプラスしたい。僕らしい動画って何なのか、今後の課題ですね。

物語をつなぐカットを大切に
写真絵本と写真集の違い

――写真絵本『にゃんこ相撲』の制作時に感じた写真集との違いはありますか?

沖:アパレルの商品を撮影していたころは、商品の素材を説明しなくても伝わる写真を撮りたいなと思っていました。「言葉がいらないなんて楽ちんやな!」って(笑)。一方写真絵本は、写真から想像する余地もありつつ物語ありきのジャンルです。「相撲」という物語の軸を通すために、猫が二本足で立って、かつ二匹で組み合っている写真を撮るのは苦労しましたね。きっと、おもちゃで誘導すると上手に立つ子もいると思いますが、仲の良い猫同士がじゃれ合っている中で相撲のような取り組みをすることもあるので、そのシーンをひたすら狙っていました。

 写真集との違いで言えば、物語のつなぎになるカットを大切にすると良いんじゃないかなと思います。写真集では、作品1枚1枚の完成度を追求するので、「没カット」が生まれますよね。写真絵本では逆に、そんなカットが物語のつながりをよりスムーズにするんじゃないかと。写真のクオリティーが良くても、物語のつながりがイマイチだともったいないですよね。そこが写真絵本の難しいところだと思います。

――これから写真絵本を作る方へ、メッセージをお願いします。

沖:僕は、第一回で金賞を受賞した矢野誠人さんの『密着‼ うりぼうの1日』が大好きなのですが、この作品は写真、物語の面白さがありつつ、勉強になる内容ですよね。これはイノシシという被写体に愛情を注いで、ライフワークとして全てを撮っているからだと思います。やはり、好きなものじゃないと掘り下げられないですよね。

 スマートフォンでも応募できる間口の広い賞です。自分の写真集を作って書店に並べられたらうれしいなと、ちょっとでも夢見ている方がいれば、ぜひ大好きな被写体でトライしてほしいですね。

文・岸菜津実 撮影・長谷川朗

2時間ほどの取材中になんと20匹もの猫に遭遇!
猫との距離感をじっくり測りながら、静かにシャッターを切る沖さん。
表紙で登場した茶トラのトランちゃんも、沖さんになでられてうっとりご満悦
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