矢野誠人さん インタビュー
金賞を受賞した矢野誠人さん。
受賞作は神戸の六甲山に棲すむ野生のイノシシ母子を
主人公にした「密着‼ うりぼうの1日」。
2020年12月、『うりぼうと母さん』(大空出版)というタイトルで
写真絵本が刊行されると、
わずか1カ月で増刷に!
2020年12月の「新宿ニコンサロン」、
2021年1月は有楽町・交通会館「エメラルドルーム」で
写真展が開催されると会場には
多くのファンが詰めかけた。
そんな人気「写真絵本作家」の作品作りに
取り組む姿勢とは?
イノシシの赤ちゃん〝うりぼう〟を題材にした「密着!! うりぼうの1日」で2020年、第1回「日本写真絵本大賞」金賞受賞。
イノシシと同じ時間を過ごすと
通じ合うものが出てくる
――写真を撮り始めたきっかけは何ですか。
矢野:20代の初め頃、実家の近くに池があるんですが朝夕、太陽に照らされた景色がとてもきれいで、その光景にジーンときて……それを記録したいなと思い一眼レフを手に入れました。
趣味として撮影を続けつつ、なんとなく写真に関する仕事ができたらいいなと考えていたところ、母が「フォトスタジオでアルバイトを募集してるよ」と教えてくれて。さっそくそこでアシスタントを始め、写真の撮り方やDPEの基本を教えてもらいました。スタジオの社長からは「いろいろ撮ってみなよ」と言われ、スナップ写真や物品の撮影を中心に行っていました。
――なぜ動物を撮るようになったのでしょう。
矢野:最初はネコを撮ったんです。近所の野良ネコでした。そのうち「動物を撮るのは楽しいな」と思うようになり、ネコ以外にも興味が湧いたんです。六甲山にはイノシシが棲んでいると知り、「挑戦してみよう」と思ってイノシシを追いかけ始めました。
――どれくらい追い続けていますか。
矢野:もう6年以上になりますね。最初は六甲山を熟知している登山家などに認めてもらい、イノシシが出没する周辺情報を教えてもらえるような人間関係を作らなければなりませんでした。「もう少し上に行ってみな」という情報をもらって、その場所でひたすら待っている。そんな日々が続きます。じーっと座ってイノシシと目線の高さを同じにして、辛抱強く待っていると母親イノシシが興味を持ってくれたようで、そこへ行くたびに顔を出してくれるようになりました。
――そうなるまでにどのくらいかかりましたか。
矢野:2年以上かかりましたね。さらにそこから半年ほどたって、ようやくうりぼうを見せてくれました。人間関係と同じで、同じ場所で同じ時間を過ごしたら通じるものが出てくると僕は考えています。ですから、できるだけイノシシと同じ時間を過ごすように努めています。イノシシが寝たら僕も同じように一緒に寝たりします。
――でもイノシシは害獣ですよね。
怖くなかったですか。
矢野:確かにイノシシは害獣ですから、みんなから好かれていないと思います。僕もかつては「怖い」「人を襲う」というイメージを持っていました。でも彼らを観察しているうちに「本当にそうか?」という疑問が湧いてきました。獰猛な性格で怖いのかというとそんなことないです。ゆっくり歩くし、寝ている時間もかなり長い。のんびりした性格です。子どもに厳しいのは、母親がお乳を出すためにしつけをしているからで、それ以外の時は優しいです。イノシシも人間と変わらないと思えてきて、次第に彼らの役に立ちたいという気持ちから、写真を通してイノシシのことを世の中の人たちに伝えたいと思うようになりました。
被写体が何を考えているのか
想像しながら撮影に臨んでいる
――写真絵本にチャレンジしたのはなぜでしょう。
矢野:大学時代に絵本を作って出版社に持ち込んだことがあるんです。写真ではなく、その時は絵だったんですけど。本にはならなかったけど、もともと物語を作ることは好きなんですよね。だから写真絵本大賞にも、なんの違和感もなく参加できました。
――作品はどのように作るんですか。
矢野:自分の中でストーリーを考えて、それに沿うように撮影していきます。実際に『うりぼうと母さん』の最後から2ページ目にある「うりぼうたちも遊び疲れてくたくたのようです」の写真は、この表情をずっと撮りたくて粘り続けて去年やっと撮れました。その瞬間、物語に必要な写真がすべてそろった、と思いました。
――イノシシ以外の動物も撮影していますか?
矢野:ヌートリアに興味があります。カピバラに似ている大きいネズミのような動物です。たまたま自宅の近くの川で親子が泳いでいる姿を見ました。ヌートリアといえば「害獣」と知っていましたが、目の当たりにしたら「可愛い!」と思ってしまって。まだ観察し始めたばかりですが。
人間にとって獣害は大きな問題ですが、僕は「害獣」というレッテルだけで動物をわかった気になるのはよくないなと思います。ある動物について生態を知った上で害獣として扱うのと、知ろうともせずに人に迷惑をかける動物として殺されていくのとでは、命の重さが変わってくる。始めから「害獣」として生まれてくる動物なんていない。でも人間に迷惑をかけたら「害獣」扱いされてしまいます。同じ地球上の生き物として、人間にも動物にも、よりよい環境が作れたらいいなと思います。
――「写真絵本」自体に興味を持ったのはいつですか。
矢野:『にゃんこ相撲』(大空出版)を出版した沖昌之さんに教えてもらってからです。
――猫写真家の沖昌之さんですね。
矢野:はい。以前働いていたスタジオチャットという写真館の上司が沖さんのファンで、よくお名前を聞いていました。沖さんがスタジオチャットの1周年記念イベントで写真展をやったことがあって、そこで初めてお会いしました。「僕も写真家としてやっていきたいです」と話したのを覚えています。そしたら翌年、僕が神戸で個展を開いた時に沖さんが見に来てくださった。
――写真絵本というスタイルは自分に合いましたか?
矢野:以前の個展でも『うりぼうの1年』という冊子を作りましたし、普段から「被写体が何を考えているのか。どんな物語を持っているのか」と考えながら撮影することが多く、ストーリー性のある写真を撮ることに慣れています。だからむしろ僕に一番マッチした作品のスタイルなのでは。賞をいただいた『密着‼︎うりぼうの1日』は、日本写真絵本大賞に応募するためにあとから物語をつけた側面もありますが、撮影している最中の僕の気持ちを素直に表した作品でもあります。
脚色しない写真を組む方が
写真絵本の持ち味を発揮できる
――写真絵本の制作で難しかったことはありますか?
矢野:「絵本らしい言葉づかいってどういうものだろう」と悩みました。たとえばイノシシの授乳シーンで、「授乳」だと固すぎるし「おっぱい」だと雰囲気が出ない気がして、最終的に「お乳」としました。固めの言葉を使う時には注釈を入れるなど、写真集ではなくあくまで「絵本」としてどう表現するかに重きをおきました。
あとは伝えたい内容が多すぎて、規定の分量に合わせるのが難しかったです。応募するのに涙をのんで2ページ削りました。「イノシシの巣」の写真がまさにそれです。イノシシが一頭も写っていないので、作品としては外す決断をしました。
――「写真」と「写真絵本」という媒体の違いを感じたことは?
矢野:「写真集」として本を作るなら、1枚のインパクト重視で、心に残る写真やきれいな風景の写真を集めると思います。自分が味わった感動を、そういった写真に込めたいですね。
一方で「写真絵本」の場合は、あくまで被写体の気持ちに寄り添う形で撮影した写真を集めて、脚色なしにストーリーを組んでいく方が「ウソがない」写真絵本ができると思います。過剰な演出をすると「それって写真の必要あるの?」と感じますね。それなら普通にイラストを使った絵本でいい。
――脚色しないことで、素直な気持ちが現れているように感じました。
矢野:それは自分でも感じます。気分が落ち込んでいる時は薄暗い写真、高揚している時は明るい写真というように、その時々の気持ちが反映されがちです。ありのままに見たもの、感じたものを切り取ろうとすると、逆に僕の意識がストレートに出るみたいです。
だからなるべくマイナス思考にならないように気をつけています。頑張ってプラスに考えようとすることで、安定した写真が撮れるようになってきたかもしれません(笑)。
――矢野さんの写真はどれもイノシシとの距離が近い。
矢野:今でこそうりぼうたちが足元まで遊びに来ることもありますが、最初は全然近づけませんでした。親に認めてもらえるように山に通っているうちに、子どもに会わせてくれるようになりました。でも、動物だって気分によって態度が変わります。いつも近づかせてくれるからと、相手のことを考えずにグイグイ寄っていくのは違う。見ていればイノシシの表情もわかるし、僕への反応でその日の気分も感じられます。
たとえば昨日までいたうりぼうが、今日はいなくなっていた時などは、やはり親は元気がない。そんな日は撮影もせず遠巻きに見ているだけにしています。人間が好まないことを動物が好むと思えないし、最低限、僕自身が嫌だなと思うことはしないと決めています。
――これから写真絵本を作ってみようという人にアドバイスをお願いします。
矢野:被写体選びがとても大事だと思います。自分の好きなもの、得意なことなど、撮影していて楽しい被写体が見つかれば、自然に物語が生まれるのではないでしょうか。
文・鈴木貴博 撮影・長谷川 朗